常識は時代とともに変化するものである。過去の常識が未来には非常識になっている場合も多い。典型的な例では地動説がある。四百年前には、地球が宇宙の中心であり、太陽が地球の周りを回っているとするのが常識であった。そして、その常識を否定したガリレオは宗教裁判で有罪になった。
人間は基本的に保守的であり、新しいことを受け入れることを本能的に拒否する傾向がある。未知なるものを警戒し、恐れて慎重になるのは動物がそうであり、人間の持つ動物的特性とも言えるかもしれない。新しい常識を受け入れるには、勇気と時間がかかるものである。
今、様々なる常識が崩れ去ろうとしている。昨年末にニュートリノが光より早い速度を持っていることが実験により実証された。現代物理学の常識を覆す大発見であるが、多くの人が半信半疑で納得していない。それを実験した研究者も1万5千回もの実験を繰り返し発表に至ったそうである。
また、UFOの目撃は、ここ数年は特に激しさを増している。日本のマスコミは霊界と同様、UFOや宇宙人を信じていないため、情報管制され、目撃されてもほとんど報道しない。しかし、この無限に広い宇宙に、地球にしか高等生命が存在していないと考えるほうが、むしろ傲慢である。
最新の天文学によると、この宇宙は多次元宇宙であると考えられている。私たちが住んでいる世界と別の次元があるに違いないということと、この宇宙とは別の宇宙が存在するのではないかという説が有力であると言う。そう仮定しないと様々なデーダが示す矛盾が説明できないらしい。
物理的な常識は、科学の発達とともに変化するのは言うまでもない。地動説も観測器具の発達がもたらせたとも言える。江戸時代の人が現代に現れたら、自分たちの常識ではあり得ないことが現代には多々あるに違いない。同じように、100年後の人が現代に現れたら、私たち現代人がいかに非常識であるか驚くに違いない。
霊界や宇宙人の存在、怪奇現象などは、科学の発達とともに否定されてきた歴史がある。しかし、それは科学の発達がまだまだ未熟であるため、その存在や仕組みが証明できずに否定しているに過ぎない。
最先端の物理学では、素粒子は物質として存在するとともに、波としても存在し、相反する性質を同時に持つ不可解な存在であることが分かっている。物質の性質を示しているときには存在を確認できるが、波としての性質を示すと、忽然と姿を消してしまう。
仏教に「空即是色、色即是空」という有名な言葉があるが、これは素粒子の性質を現した言葉とも言われている。「空」とは霊界のことであり、「色」とは物質、つまり肉体のことである。つまり、人間は「霊界」からこの地上に、肉体を持って現れる存在であり、死ぬということは、肉体が滅び、魂として霊界に還っていくという思想である。
仏教は高等哲学でもあり、菩提樹下で釈尊は宇宙の悟りを得たとされている。釈尊に限らず、偉大なる宗教家、哲学者は、科学的手法ではなく、霊界との交流を通して、直接に真実を知り、真理を悟るのである。それは宇宙を貫く法則そのものであって、科学の発達によって、そうした法則が証明されていくのである。つまり科学が後追いをするのである。
科学万能の時代に、霊界や宇宙人など馬鹿馬鹿しいばかしと考える人は多いが、そういう人たちは現代の狭い常識にとらわれた愚か者である。人類の歴史は、それまでの常識との決別によって進化してきたのである。
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